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2012年06月22日

争うということ

脱原発か?もしくは原発維持か?という“言葉”を聞いていて、違和感がますます大きくなる。まるで対立する二つの派閥としてますます際立って行くけども、そもそも「原発維持派」など存在するのだろうか?脱原発と原発維持との間に争点を置くこと自体が、的が外れているのだと思う。

例えば。

愛する人を束縛する、その手を強めると、愛する人は押しのけて離れようとする。その手をフッと緩めると、寄り添ってそばに居ようとする。世の中には、そういうことが溢れているのだと思う。

手を強めること。寄り添うこと。束縛すること。そばに居ること。何が心を満たすのか。

それらはとても似ているように見えて、でも実は何かが大きく違っていて、いつもそのどちらかで争っているのだと思う。束縛することが良いか悪いかで争っていても、分かり合えはしないだろう。そういうことなんだと思う。

Voice of 橘直樹


ラベル:脱原発
posted by BANANAGYRO at 10:06| 大阪 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | BananaNews | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月06日

シーサー#01

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タチバナナオキ作



絵が良くなるとか、上達するというのは、視力を上げていくことだなと思う​ようになりました。
当然目で見て良いか否かを判断しながら描くわけだから、その目がより良いモノを見えるようにしていくことがレベルアップにつながるはず。良いモノが見えていれば、後はそこまで粘り強く描き続けるだけのことだと思います。

つまり良い目と、根性が大切なのだと思います。

Voice of 橘直樹

☞ タチバナナオキのギャラリー
☞ タチバナナオキがあなただけの絵を描きます。

posted by BANANAGYRO at 16:29| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タチバナナオキの最新作 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『原則論』に立ち返る時

福井県の大飯原発の再稼働に関する一連の動きを見ていて思うのは、この国の国民の一人一人が脱原発なのか原発維持なのか、それともまた別の何かなのか、明確に意思表示することの必要性です。

この国の政治は、あの震災あの事故から一年以上が過ぎたにもかかわらず、未だに国の未来を語ろうとはしません。

その原因は俗に言われる“原子力村”の力も有るのかもしれませんが、僕はそれよりも、国民自身の意思が明確になっていないことが、そのまま政治に反映されているのだと感じます。

そこには民主主義の原則がはたらいています。

政治家は、選挙で選ばれた『一般の国民の代表』です。国民を代表して国会で議論する代議士であり、彼らの主義主張は、すなわち民意であるはずです。つまり、よく耳にする「政治に民意が反映されていない」という状態など本来は存在しないはずなのです。そうやって政治家と国民を切り離して考えるのも対立の立場とするのも、ただただ責任転嫁を生むだけです。

今の政治を巡る議論は、「政治家が無能」と「国民が無知」との繰り返しで、宙に浮いてしまっています。

「政治家=国民」という原則の下では、批判しているその相手の姿は、鏡に映る自分自身の姿に他なりません。政治家は、もし国民が無知であると言うなら、自分がその無知な国民に選ばれた代表であるという結果を、どう受け止めているのでしょうか?また、もし仮に有権者が無知でなかったら、自分が選ばれていたのかという謙虚な姿勢であるべきです。そしてそれ以上に国民は、政治家が国民自らが選んだ代表である大前提をもっと真剣に考えるべきです。

政治家に対して、未来へのビジョンを示せと求める声は聞き飽きるほどに叫ばれています。しかし、そもそも国民はどんな未来を思い描いているのでしょうか?

「政治家=国民」です。国民にビジョンが無ければ、政治家にビジョンが有るわけがないでしょう。政治家への批判・ダメ出しも必要ではありますが、それ以上に必要なことは、国民自身が“望む未来”をより明確に思い描くことです。

今政治を動かしているのは、まだ国民が「3.11」を知らなかった時に選ばれた政治家です。国民に問題意識のカケラも無かった時に、その国民の代表となった者ばかりです。ビジョンが無いのも、もしかしたら当然なのかもしれません。

原則論に立ち返り、選挙という「手段」を真剣に有効に行使しなければと、認識を強くしています。今までは、与えられたその手段に対する考えが甘かった。

国民が賢くなることしか、賢い政治家を生む術は無いと覚悟する時だと思います。

Voice of 橘直樹

posted by BANANAGYRO at 15:40| 大阪 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | BananaNews | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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